2023.01.05
生産性と環境配慮が両立できる持続可能な農業として、いま世界中で注目されている「アクアポニックス」。「Aquaculture(水産養殖)」と「Hydroponics(水耕栽培)」を合わせた言葉で、文字通り魚と野菜などの植物を一緒に育てることができるシステムです。
もともと離島や乾燥地域など、水や資源が不足している地域で生まれた手法のため、豊富な水産資源を持つ日本ではこれまであまり知られていませんでした。
しかし近年のSDGsの高まりを受け、環境負荷が少なく生産性の高いアクアポニックスは大きな注目を集めています。アクアポニックスが取り組む日本の農業の課題、そして今後の展望とは。株式会社アクポニ 代表取締役の濱田健吾氏(以下、敬称略)に話を聞きました。
——「アクアポニックス」は日本ではまだあまり知られていない農業手法です。どのようなメリットがあるのでしょうか。
濱田 アクアポニックスは、魚と野菜を同時に育てることができる資源循環型農業です。魚に与えたエサがフンとなり、それを微生物が分解することで、植物の栄養を作り出す。魚・微生物・植物がバランスの取れた生態系をつくりだし、それが循環する仕組みです。
一般的な土耕栽培よりも約8割の節水が可能で、野菜と同時にタンパク源である魚を生産できるのも大きなメリットです。
私はもともと商社に勤めており、農業とは無関係のキャリアを歩んでいました。一方、子どもの頃から生き物は好きだったので、会社員になってからも趣味の釣りを楽しんでいたんです。
ある日、アマゾンに生息する最大の淡水魚・ピラルクを釣りたいと思い、いろいろと調べているうちに、ブラジルでピラルクを養殖する日本人と知り合いました。そこで初めてアクアポニックスの存在を知ったんです。
「面白そうだ」と思い、早速自宅のベランダにアクアポニックスを作り栽培してみたところ、「純粋にいいこと」だと感じました。プランター菜園では、当然育てている野菜しか見えません。しかし循環システムの中に魚がいると、野菜に与える肥料を選ぶ際に「魚に悪影響が出ないもの、少しでも環境にいいものを」と考えるようになります。生態系全体に対して配慮することで、思考が変わり、行動が変わる。自分の体験を通して、アクアポニックスが非常にポジティブな仕組みだと実感しました。
この良さを多くの人に知ってほしいと思い、近所の幼稚園にアクアポニックスを設置させてもらいました。すると、子どもたちは楽しそうに野菜と魚を育て、親や先生には非常に喜んでいただけました。改めて素晴らしいシステムだと感じ、本格的に事業を始めたんです。
——食料問題や持続的な農業のあり方は、いま世界中で注目されています。
濱田 農業は「エネルギー消耗産業」です。大量に野菜や穀物などを作り出すためには、どうしても多くの石油を消費せざるを得ません。世界的なSDGsへの意識の高まりを受けて、農業においてもこれまでの方法が見直され、より持続可能な手法が求められるようになっています。
さらに日本においては就農人口が年々減少しており、農家の収入も高いとは言えません。農薬をふんだんに使った大規模な農業は、環境負荷が高いだけでなく、こうした日本の現状にそぐわないのです。
農林水産省も、2021年に策定した「みどりの食料システム戦略」の中で「持続可能な食料システムの構築」を目指すなど、時代の追い風を感じています。
——まさに時代にあった農業手法と言えそうですね。
濱田 とはいえ、アクアポニックスで育てた作物が市場に浸透するためには「消費者が食べたくなる野菜」でなければいけません。美味しい上に、環境負荷の少ない手法で育てられたという背景を知れば、多少金額が高くても納得していただけると考えています。
そのため、今後はブランディングにより注力していきたいです。多くの消費者に受け入れていただけるようになれば、生産者も自ずと増えていくでしょう。
消費者には、アクアポニックスの野菜が安全で美味しく、環境負荷が少ないということをぜひ知ってもらいたいですね。将来的には「アクアポニックス産野菜」というカテゴリを作りたいと考えています。
アメリカでは、すでにアクアポニックスが食料生産手法として定着しつつあり、ホールフーズ・マーケットなどの大手スーパーでも販売されています。日本でも早くそのレベルに到達できるよう、さまざまな施策を打っていきたいです。
——アクアポニックスで育った野菜を市場に浸透させるために、どんな方法を考えているのでしょうか。
濱田 アクアポニックスが最初に注目され、今もニーズが高いのが、私たちが「都市併設型」と呼んでいるタイプです。飲食店や観光施設、工場など、すでにサービスとして成立している建物にアクアポニックスを追加することで、全体の価値を上げていくという考え方です。これはアメリカではあまり見られないケースで、日本独特の活用事例と言えるかもしれません。
「都市併設型」は、その場所に生態系の循環を生み出せることが大きな魅力です。アクアポニックスは、農業と水産養殖を別々で行うケースよりも使える資源が多いため、環境負荷が下がります。たとえば、工場の中にアクアポニックスを設置すれば、それまで無駄にしていた熱や水などを活用して野菜を育てることが可能です。また、廃棄していた食物の残渣(ざんし)を使って昆虫を飼育し、それを餌に魚を育てることもできます。
さらに、人は「生態系の循環がある」というだけで純粋に嬉しさを感じるものだと考えています。「都市併設型」では特に、アクアポニックスを「その場に循環をつくるツール」と捉えています。野菜だけを育てるより、魚がいることで人が興味を持って足を運んでくれる。訪れる人はもちろん、そこで働く人も嬉しくなる。こうしたポジティブなサイクルが生まれています。
実際、障害者雇用の現場にも導入いただいており、「循環を感じながら生き物を育てることに喜びを感じている」というお声をいただきます。今は飲食店や観光地への設置が多いですが、今後は下水処理場や学校などへの導入も積極的に進めたいと考えています。
もう一つのタイプが「地方大規模型」です。こちらは農家などがアクアポニックスを新しい生産手法として採用するケースで、2022年から本格的に始まった印象を持っています。
地方大規模型には、有機野菜を大規模かつ年中栽培できるという大きな価値があります。農林水産省が掲げる「みどりの食料システム戦略」では、「2050年までに耕地面積に占める有機農業の取り組み面積を25%(100万ha)に拡大する」ことを目指していますが、有機農業は除草剤が使用できないため害虫対策などに手間がかかります。また、土で育てる場合は、その土壌に合った旬の作物しか栽培できないという制限もあります。
有機農業は、何も「昔ながらのやり方に立ち返ろう」というものではありません。むしろ生物学的メカニズムに関する研究結果を参考にしたり、最新のテクノロジーを活用しながら環境負荷を下げて大規模農業を行うことが重要だと考えています。
アクアポニックスは土を使わない水耕栽培のため、気温や天候に左右されづらい。環境負荷を考えると、大規模農業が可能な唯一の方法だと考えています。
——さまざまな地域や施設で活用できるシステムですね。
濱田 都市併設型と地方大規模型は、どちらかに統合されていくのではなく、それぞれが進化していくと考えています。導入を検討されている個人や企業ごとに、さまざまなニーズがあることを実感しています。画一的なものを提供するのではなく、それぞれに異なる用途に合わせられるように進化したいですね。
アクアポニックスの活用法として、将来的に宇宙という可能性もあると思っています。宇宙では資源が限定的で、化学肥料や石油を使うことは難しい。資源循環という観点で、アクアポニックスは最適な農業のあり方だと考えています。
もともとアクアポニックスはアメリカのバージン諸島という、資源に限りがある場所で生まれた農法です。いかに自給していくかという観点から生まれているので、宇宙という環境との親和性は高いと思っています。
——「限られた資源を最大限活用する新しいシステム」として、大きく広がっていきそうですね。
濱田 今後さらに重視したいのは、消費者への啓蒙活動です。都市併設型を通して、アクアポニックスを知っていただく。さらに、育った野菜を消費者に提供し、その良さを知っていただく。
消費者の認知が進み、消費が増えることが、多くの生産者が「アクアポニックスをやってみよう」と考えるきっかけになる。そうしたポジティブな循環を作り出せるといいと考えています。都市併設型と地方大規模型、それぞれを進化させることで、よりよい相乗効果を生んでいきたいですね。
【まとめ】
相次ぐ自然災害、就農人口の減少と高齢化……日本の農業を取り巻く現状は年々厳しさを増している。一方でSDGsの意識の高まりから、消費者のニーズも多様化傾向にある。そんな中、アクアポニックスは資源を最大限活用できる上、見た目にもポジティブなインパクトがある。新たな農業手法として、今後ますます注目を浴びるだろう。
【ライター情報】浅野 翠
早稲田大学文学部卒業。人事として新卒採用や制度企画に携わったのち、広報・ライターに転身。現在は上場企業の広報として勤務する傍ら執筆を行う。興味のあるテーマは、キャリア・健康・SDGsなど。
内田 勝久
宮崎大学農学部フィールド科学教育研究センター 教授
持続可能な食料生産は、現在、世界中で注目され、必要とされています。水耕栽培と水産養殖を組み合わせたアクアポニックスは、養殖魚の排泄物を微生物が植物の栄養素へと分解し、植物はそれを養分として成長します。
これは、まさに資源循環型の農業であり、農薬や化学肥料も必要としない究極のエコ有機農業と言えます。
株式会社アクポニの強みは、大学や農家と連携した基礎研究により、高い生産性や栽培品種の多様性に通ずるシステムを開発している点、開発システムを生産者や個人のニーズに合わせ、様々な地域や既存施設に提供できる点、技術普及や人材育成だけでなく、雇用形成や生産物のブランディング、生産者や消費者への啓蒙活動にも力を注いでいる点にあると感じました。
それらの強みを活かせば、生態系の見えるアクアポニックス農法の浸透・普及と、安心安全な食材の持続生産を達成でき、日本の農業課題や世界の食料問題の解決に貢献できるはずです。
今後のアクポニの躍進が大いに期待でき、将来が楽しみです。
内田 勝久
宮崎大学農学部フィールド科学教育研究センター 教授
2016年度 – 2022年度: 宮崎大学農学部フィールド科学教育研究センター 教授
2010年度 – 2016年度: 宮崎大学農学部海洋生物環境学科 准教授
2007年度 – 2009年度: 新潟大学大学院自然科学系 助教
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