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オーガニック食品を通して食のあり方を考える。生産者と菓子工場がタッグを組み、安心・安全なお菓子ができるまで

2023.01.16

「オーガニックのお菓子」を食べたことがありますか?日本は欧米諸国と比べてオーガニック農産物の消費量が低く、わずか10分の1以下に留まります。

一方で、2009年から8年間で国内市場は約4割も拡大。コロナ禍での健康意識の向上や環境保全意識の高まりを背景に、お菓子を始めオーガニック食品を求める消費者は確実に増加しています。

オーガニックの食品が浸透することで、私たちの生活にはどのような変化があるのでしょうか。また、日本においてオーガニック食品が浸透するための課題はなんでしょうか。

世界12ヵ国の生産者からオーガニック食品を仕入れるだけでなく、菓子工場への有機JAS認証取得コンサルティングや自社ブランドの商品開発などを手がける、アルファフードスタッフ株式会社 常務取締役の浅井紀洋氏(以下、敬称略)に話を聞きました。

オーガニック

「食の安心・安全」を家庭のお菓子から

——欧米諸国での食意識の高まりと比べ、日本ではまだオーガニック食材はメジャーとは言い難い存在です。どのような経緯でオーガニックに関わるようになったのでしょうか。

浅井 アルファフードスタッフの経営理念「私たちは『食』を通して環境と資源を考えます」という言葉にもある通り、私たちはサステナビリティを考え、問題をビジネスで解決すること、つまり事業成長と環境の改善を同時に目指しています。

もともと、当社は1925年に曽祖父が創業した砂糖問屋で、国内の​​駄菓子メーカーに砂糖を卸していました。しかし、安価な果糖ぶどう糖液糖の登場や、人々の味覚の多様化を受け、砂糖の流通量は1975年をピークに減少。そこで新たな取り組みとして、1985年、北海道で栽培した国産小麦を製粉した小麦粉の流通を開始しました。国産小麦の小麦粉の流通がほとんどない時代でしたが、自然食品店やこだわりを持つベーカリーに徐々に広がっていきました。

大きなターニングポイントとなったのは2001年、有機JAS制度がスタートしたことです。「オーガニック」と銘打った商品を販売するには認証機関の認定が必要になったのです。そこで私たちは有機JAS認定を取得し、2007年にアメリカの有機の小麦粉の輸入をスタート。徐々にレーズンやくるみなどオーガニック商品を増やしていきました。

そして2016年、オーガニックスーパー「ビオセボン」麻布十番店の開店にあたり、ナッツなど85品目の量り売りエリアへの原料供給が決まったのです。そこで店舗を訪れた際、オーガニックのお菓子がほとんどないということに気付きました。菓子工場のオーガニック認証では「有機認定された原材料を95%以上使用」「化学添加物や薬剤の使用を避ける」など細かな条件があります。そのうえ、認証の存在そのものを知らなかったり、取得しても販売先がないことを心配する会社も多い。これが、オーガニックのお菓子が少ない原因になっていました。

お菓子は家族で食べるため、安心・安全にこだわる方も多く、私たちとしても販売先を拡大できるチャンスだと考えました。そこで、自分たちでオーガニック素材を使ったお菓子ブランドを作ろうと考えました。これが自社ブランド「Biokashi(ビオカシ)」誕生のきっかけです。まずは、ナッツやドライフルーツなどのオーガニック素材3種類の商品販売を開始しました。

Biokashi(ビオカシ)
Biokashi(ビオカシ)

——国産小麦から長期に渡って食品の安心・安全を追求されていることが、オーガニックにつながっているのですね。

浅井 オーガニック素材の輸入販売や自社ブランドの展開だけでなく、菓子工場の有機認証の取得もサポートしています。全国10,000社ある菓子製造工場のうち、有機JAS認証を取得している工場の数は、2018年時点でわずか10社未満。オーガニック食品が持つ持続可能性や、ビジネスの市場を理解してもらうだけでなく、現場に寄り添った具体的なアドバイスを実施しています。

廃棄されていた食材も、工夫次第でおいしいお菓子に

——菓子工場や生産者とのつながりを活かし、新たな商品開発をされているそうですね。

浅井 そんな有機認証の取得サポートを進める中で、2018年に出会ったのが、岐阜県で土産菓子を作っている長良園さんです。社長の市川さんと面談をしたその日に、有機認証への挑戦を表明され、半年後には認証を取得。一緒に商品開発を行い、2019年には「オーガニック生おからクッキー」の発売を開始しました。

オーガニック生おからクッキー
オーガニック生おからクッキー

市場に多く出回っているおからクッキーは、おからパウダーを使用するため、口に入れるとパサパサしています。しかし、生おからを使うと、ほろほろとした優しい食感になるんです。生おからは、日本初の有機JAS認証を受けた有機豆腐製造小売店・宮島庵さんで仕入れていますが、これまでは当日売れなかった分は廃棄していたそうです。オーガニック素材を美味しく加工すれば、食品ロスも解決できる。アップサイクルの重要性と可能性を感じましたね。

オーガニック食材のアップサイクル
オーガニック食材のアップサイクル

また2020年には、北海道十勝の折笠さんと出会いました。折笠さんは自然栽培のじゃがいも等の農家でありながら、十勝でオーガニックの生産者を広めていこうとされていました。折笠さんに連れられて伺ったある農家さんでは、規定のサイズや形に合わない「規格外」のオーガニックかぼちゃが生産量の5分の1を占めているとのことでした。そこで「規格外の野菜を活用することで、有機野菜の生産量増加につなげたい」と考え、全国から規格外のオーガニック野菜を集めた「野菜チップス」を作り始めました。私たちが原料を調達して、長良園さんで製造をする。再びタッグを組んで開発を始めました。

大変だったのは、オーガニックのじゃがいもで作る有機片栗粉の入手です。輸入品では価格や量の問題があり、国内ではほとんど作られていません。しかし折笠さんが日本で唯一、年1日だけ製造をしている工場を見つけてくれ、2020年にはなんとか入手のめどが立ちました。

しかし、2021年はじゃがいもが大不作。有機片栗粉の製造も危ぶまれたのですが、「人生で初めて口にするお菓子がオーガニックになるなら」と、折笠さんが自らじゃがいもの供給に協力してくださったのです。そうした強固な信頼関係のもと、2年間開発を重ね、2022年10月には新商品「Vege-Cracker(ベジクラッカー)」を発売しました。野菜が苦手な子どもでも美味しく感じられることはもちろん、おつまみやカナッペにも使えるお菓子を目指しています。

「Vege-Cracker(ベジクラッカー)
「Vege-Cracker(ベジクラッカー)

オーガニックは生産のあり方そのもの

——生産者や菓子工場など、全国で多くの方がオーガニック浸透のために努力しているのですね。

浅井 2015年にカリフォルニアのオーガニックくるみ農家を訪ねた際、「なぜオーガニック素材を扱うのか」と質問され、私は「中小企業として付加価値のあるビジネスを提供するため」と答えました。すると「そんな考えの人に、うちの商品を扱ってほしくない」と言われたのです。「自分たちがオーガニックに取り組む理由はひとつ、サステナビリティだ」と。その農家では、くるみの殻を燃料に自社工場を稼働するなど、本気でサステナビリティに向き合っていました。その姿勢を知り、私の考えも大きく変わったのです。

学びを深める中で、オーガニックは付加価値ではなく、生産や消費のあり方そのものだと思うようになりました。経済を最優先に考え、農業の大量生産が可能になった一方、顕著な逆効果も出てきています。この現状を変える方法のひとつがオーガニックの促進だと考えています。

近年、農林水産省も有機農業やオーガニック取得の促進を加速しており、2021年に策定した生産力向上と持続性の両立を目指す「みどりの食料システム戦略」の中で「2050年までに耕地面積に占める有機農業の割合を、2017年の0.5%から25%(100万ha)に拡大する」と掲げています。大変チャレンジングな目標で、農薬なしでも育つ品種の改良や、苗と雑草を自動で判別できる除草機の導入など、本質的な改革が求められると思います。

——今後の展望を教えてください。

浅井 Biokashiをさらにいいものにするため、生産者・菓子工場・消費者のすべてにアプローチしていきます。有機素材はもちろん規格外の野菜も販売することで、オーガニックに取り組みやすい体制を整えます。また、菓子工場の有機認証を進めることで、共同商品開発によるお菓子のラインナップ拡充や、新商品の可能性も追求したいですね。さらに、消費者のみなさんにもっとオーガニックについて知っていただくための情報発信を強化し、いただいた意見を商品に還元してよりよいものを作っていきます。

日本におけるオーガニック菓子はまだまだ少ないですが、今後の社会のあり方を変える可能性を持っていると信じています。食を通して持続可能な環境を作るために、自分たちに何ができるかを考えていきたいですね。

【まとめ】

「オーガニック」という言葉は広まったものの、それが何を指すのか、どんな影響があるのかを知る消費者はまだ多くない。「なんとなく良さそう」という漠然とした認識を超えて、日々口にする食材の背景にどんな土地や人々の想いが込められているかを知ることが、環境を大きく変えていく一歩につながるのだろう。

【ライター情報】浅野 翠

早稲田大学文学部卒業。人事として新卒採用や制度企画に携わったのち、広報・ライターに転身。現在は上場企業の広報として勤務する傍ら執筆を行う。興味のあるテーマは、キャリア・健康・SDGsなど。

監修者によるコメント

白髭 克彦

東京大学 定量生命科学研究所 教授

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日本でオーガニック食品から多くの人が連想するのは健康志向、環境に優しい、手間がかかる、高額、味は二の次、という必ずしもポジティブではない言葉ではないでしょうか。正直に言うと私自身も10年前まではオーガニックと無農薬の区別もつかなかったので、おしなべて健康志向のものは不味いもの、そしてなぜか値段が高いという括りの中でオーガニック食品=自然食品、なんの基準もなく、なにか怪しいもの、程度に捉えていました。
本文中に出てくる無知なる消費者の一人だったわけです。

スウェーデンを仕事で訪れだした10年前頃から、ストックホルムのスーパーで買い物をする際にEKOという頭文字のついた、同じ食品の中でも少しだけ高額の商品に目を奪われるようになりました。EKOとはまさしくオーガニック食品のことだったわけですが、EKOとEKOでない農作物も加工品もスウェーデンでは隣り合ってというより、混ざりあって売られており、見た目も全く変わらず、それどころか、時にはEKO商品のほうが、果物などは色艶もよく美味しそうに見え、この経験で完全に私のオーガニック食品への先入観は払拭されました。
聞けばスウェーデンはオーガニック食品の普及について世界でトップだそうで、知らず知らずのうちに私自身、そういう環境の中に身をおいていたことになります。

ちょうどその頃、本文中にもでてくるように2001年、有機JAS制度が日本でも導入されて以降、オーガニック食品は日本ではかなり厳しいハードルをクリアしたものだけが名乗ることを許されるようになっていたと知りました。オーガニックはそれなりに投資も手間もかかるので高額につくことも理解できますし、SDGsを考えなくとも、我々消費者にとっては優先されるべき選択肢であります。

スウェーデンがオーガニック普及先進国になりえたのは、まさに国家のプロジェクトとして創意工夫のもとにコストの問題も解決し、オーガニックの普及に努め、企業にもインセンティブを与え、国民にもそのメリットをしっかり教育し議論してきた歴史があるからです。
つまり、社会の成熟、民主主義の成熟とオーガニック食品の普及は無縁ではありません。

アルファフードスタッフの取り組みも、その一つ一つの取り込みにかける情熱と苦労と時間を考えると手放しで称賛されるべきものであり、今の日本でのオーガニック食品が置かれている状況を考えると頭が下がります。

地道な啓蒙活動の傍らで、企業として努力していくのは並大抵のことではありません。
こういった取り組みが好循環を生み国の施策の中に素直に位置づけられ、社会に広く受け入れられるほどに日本の社会、民主主義も成熟することが望まれます。

白髭 克彦

東京大学 定量生命科学研究所 教授

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2018年度 – 2022年度: 東京大学, 定量生命科学研究所, 教授
2010年度 – 2017年度: 東京大学, 分子細胞生物学研究所, 教授
2010年度: 東京工業大学, 生命理工学研究科, 教授
2009年度: 東京工業大学, 大学院・生命理工学研究科, 連携教授