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フィットネスウェアで日本女性に「本来の美しさ」を伝えたい。スリランカ女性の雇用創出と地球環境問題に向き合うkelluna.

2022.12.21

kelluna.

途上国の貧困問題、ジェンダーによる雇用の不平等、海洋汚染や地球温暖化などの環境問題。

SDGsが掲げるさまざまな社会課題に対し、ファッションの力で向き合うのが、kelluna.です。

kelluna.はスリランカ人女性が作るオリジナルのフィットネスウェアブランドを展開し、”Beauty comes from self-love (美とは、自分を受け入れ愛すること)” をコンセプトに、「女性がより生きやすい社会」の実現を目指し活動しています。

留学や国際機関での勤務など、海外経験が豊富な社会起業家である前川裕奈さん(以下、敬称略)が立ち上げたkelluna.では、どのような取り組みを行っているのか、お話を聞きました。

3つの「モッタイナイ!」という想いがつながり、起業へ

——kelluna.はどのような活動を行っているのでしょうか?

前川 kelluna.はスリランカに暮らす女性たちと作るフィットネスウェアブランドです。私たちは「自分にやさしく、人にやさしく、地球にやさしく」を企業理念として掲げています。

「自分にやさしく」は、kelluna.のブランドコンセプトである、“Beauty comes from self-love” に直結します。

私たちは、「細い」、「色白」など特定の理想形ではなく、どんな体型や容姿であっても自分に自信を持って前に向かっている姿こそが「美しさ」であると考えています。運動を、無理なダイエットのためではなく、心も体も笑顔になるためのアクティビティとしてさらに広めるため、フィットネスウェアを商材としています。

また、kelluna.はスリランカで女性を雇用し、就業トレーニングを実施して、現地の自社工房で製品を生産しています。

スリランカでは、多くの女性が社会的地位やジェンダーを理由に雇用機会に恵まれていないという社会課題があります。長く続いた紛争被害による影響から抜け出し、人生の再スタートを試みるものの、労働に見合った賃金を得られないなど、女性にとって働くことが決して容易な環境ではありません。

すべての女性の「働きたい気持ち」に寄り添い、公平な環境と活躍の機会を作りたいという「人にやさしく」の想いから、スリランカの女性を雇用し、従業員ひとりひとりが輝ける環境づくりを大切にしています。

さらに、kelluna.の製品は環境に配慮した素材にもこだわっています。

ウェアにはスリランカの工場が破棄したデッドストック生地を活用したり、小物類には海洋ゴミやペットボトルをリサイクルした再生ポリエステルを利用したりするなど、焼却施設の整備が不十分なスリランカで、「ゴミ」をアップサイクルすることで、「地球にやさしい」モノづくりを目指しています。

kellna.の取り組み
kelluna.の取り組み

——ブランドを立ち上げた経緯を教えてください。

前川 ずっと胸に抱いていたさまざまな「モッタイナイ!」という気持ちが集約して、「自分にやさしく、人にやさしく、地球にやさしく」というコンセプトにつながり、起業に至りました。

以前から、日本社会では「女性の美」の定義が画一的で限定的であることを残念に思っていました。日本の「謙遜の美徳」という文化には良い面もありますが、人それぞれに素晴らしい個性を持っているのに、周囲と比べてしまいがちで自信を持てずに、後ろ向きで生きている女性が多いことを残念に思っていました。

スリランカの雇用問題についても、働く意欲を持つパワフルな女性たちがエネルギーを持て余して活躍できていないことを「モッタイナイ」と感じていました。

また、スリランカに駐在していた当時、まだまだ使える素材が大量に放置され、時には山積みとなった資材が崩壊する事故が起きる様子を目の当たりにしました。現地で見過ごされている「使える材料」をどうにか活用し、日常に寄り添うものが作れないかと歯がゆい気持ちでいました。

「女性たちの個性に対する自信」、「スリランカ女性の就業意欲」、「スリランカのゴミ問題」という、常々もどかしく、モッタイナイと思っていた問題を同時に解決できる取り組みとして、kelluna.を立ち上げました。

kelluna.の製品
kelluna.の製品

「偶然」がみちびいた、スリランカとの出会い

——幼少期の海外生活や国際機関勤務の経歴から、ビジネスの場としてスリランカを選んだ理由にはどんなきっかけがあったのでしょうか?

前川 スリランカとの出会いは偶然でした。アメリカでの大学院時代の修士論文とインターンをした世界銀行ではインドの研究をしていたので、インドを自分のフィールドにしたいと思っていました。ところがその後、中途で採用されたJICA(国際協力機構)で、たまたま欠員が出たスリランカチームに配属されることになったのです。当時はスリランカのことは何も知りませんでしたが、国際協力ビジネスが開発され尽くされているインドよりも、まだ多くのチャンスがあるスリランカにポテンシャルを感じました。

スリランカの文化や生活をさらに深く知るため、現地に駐在する機会を探っていたところ、ちょうどタイミングよく外務省でスリランカ担当の公募があり、専門調査員として2年以上現地で暮らすことになりました。

実は、スリランカの古い呼称は「セレンディップ」といって、「偶然の出会い」という意味の英単語「セレンディピティ」の由来にもなっています。最初からスリランカの料理や文化に興味があったり、何か接点があったりしたわけでもない自分が、まさに偶然にみちびかれて出会ったような経緯も、自分にとっては運命的に感じました。

——近年のスリランカは、相次ぐテロによる状勢悪化や、2022年5月にはデフォルト状態に陥り、大統領が国外逃亡するなど、経済的にも非常に厳しい状況です。ビジネスへの影響はいかがでしょうか?

前川 kelluna.は、工房を立ち上げてから、実際に事業をスタートさせるまで、現地のスタッフとの信頼関係を築くために約2年の時間をかけました。

本当はもっと時間をかけたいところでしたが、2019年にテロが発生しました。実際、それまでは年齢や文化の違いから、分かり合えないことも多くありましたが、テロが続く危険な情勢の真っただ中にスリランカに残る自分の姿や、不安から感情がむき出しになってしまう様子から、私の覚悟や同じ人間としての本質を感じ取ってもらえたのか、現地スタッフと一気に歩み寄ることができたのです。私を「ファミリー」として受け入れてくれたことが大きな後押しとなり、予定より早く開業することになりました。

今は、コロナ禍で思うように行き来ができない中でも、強固なパートナーシップが築けているので、コミュニケーションには問題はありません。しかし、経済状況の悪化により、インフレ率が60%以上にもなる物価高騰や度重なる停電により、従業員の通勤や工場の稼働に問題が出ています。

現地の生活にも大きな支障が出ているため、就業時間を3分の2に減らし、給料を約1.8倍にする大幅な賃上げを行いましたが、彼女たちの心の疲弊に寄り添えないことが心苦しく、今の課題でもあります。

スリランカで働く女性たち
スリランカで働く女性たち

“self-love (セルフ・ラブ) ”の精神を、モノでも、コトでも、伝えていきたい

——ソーシャルビジネスを継続していく上で、どのようなことを意識していますか

前川 これからの物販のあり方は、モノとして、ストーリー性などの付加価値があることは当たり前の世界になっていくと思っています。

kelluna.はスリランカ女性の雇用機会創出というソーシャルビジネスとしての側面も持っていますが、それよりも、self-love (セルフ・ラブ) のコンセプトを重要視しています。

正直なところ、日本人が、いわゆる”途上国で生産された商品” を「人助け」のスタンスで購入することに、「日本人はそんなに偉いのだろうか?」、「途上国で暮らす人々よりも幸せなのだろうか?」と、抵抗や疑問を感じていました。

そのため、付加価値は全面に押し出すのではなく、まずはプロダクトありき。

本来のあるべきものを、あるべき状態で売り、お客様があとから製品の背景を知って、共感したり、興味を持ったりしてもらえるくらいがちょうどいいと思っています。

実際に、kelluna.の顧客層も、社会貢献意欲が高い方よりも、フィットネスを始めたばかりの方やデザインに興味を持って手に取っていただく方が圧倒的に多い印象です。

「どこでどのように作られたか」よりも、スリランカ女性の「自分の体型を周囲と比較せずに、あるがままに受け入れ、自信に満ちている様子」 に象徴される”body positivity”を、商品が持つチカラを通じて伝えていきたいと考えています。

kelluna.の製品を着用する女性たち
kelluna.の製品を着用する女性たち

——今後の展望についてお聞かせください。

前川 今はコロナ禍の影響でスリランカに行く機会が減っているため足踏み状態になっていますが、メンズラインの展開は以前から構想しています。

これまでは、女性の美のあり方にフォーカスしてきましたが、男性も、「背が高い方がモテる」、「マッチョの方がかっこいい」、「男だから泣くな」など、さまざまな「オトコはこうあるべき論」にとらわれているのではないか、と感じています。男性にもkelluna.の”self-love”の精神を広めていきたいと思っています。

もうひとつの展望は、メディア展開です。

物販としてのkelluna.も続けていきますが、「モノ」としての商品を通してだけではなく、世界観や伝えたいメッセージを私自身の言葉という「コト」を通して発信していくことを考えています。

【まとめ】

体重ではなく「ココロ」が軽くなるようなフィットネスのあり方を通して、「自分を愛すること」を広めるkelluna.。前川代表は、いまだ強迫観念のように均質的な美の価値観に支配されている日本の女性たちに、kelluna.のウェアを”self-love”のリマインダーとしておまもりのように手元に置いてほしいと語っていました。

kelluna.の製品を通じて、スリランカ女性の雇用創出と地球環境に貢献できるのはもちろんですが、何よりもまずは「自分を受け入れ大切にすること」で、他者との相互理解が進み、SDGsのベースとなる社会や環境に対しての配慮や思いやりがより一層深くなることが期待されます。

【ライター情報】幸田さおり

東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。生活者目線でわかりやすく伝えることをモットーに、サイエンス領域や時事ニュース解説記事などの執筆を中心にライターとして活動。

監修者によるコメント

伊東 早苗

名古屋大学 大学院国際開発研究科 国際開発協力専攻 教授

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ひと昔前まで、途上国の生産者がつくるモノを先進国の消費者が購入するのは、彼らの生産活動を支援するNGO等の趣旨に賛同する人々の善意による「寄付」というイメージが先行していました。途上国の生産者と先進国の消費者の間に横たわるこうした関係性とそのイメージを根本から変え、消費者が本能的に「買いたい」と思えるアパレル商品を途上国でブランド化し、ビジネスとして成功させた人として、マザーハウス代表取締役の山口絵理子氏が思い浮かびます。途上国の貧困問題、ジェンダーによる雇用の不平等解消、海洋汚染や地球温暖化等の環境汚染対策に貢献することをめざすkelluna.の事業は、マザーハウスに連なるアパレル業界の社会的企業によるSDGsへの取り組みとして、今後の発展が期待されます。

伊東 早苗

名古屋大学 大学院国際開発研究科 国際開発協力専攻 教授

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2019年度 – 2020年度:名古屋大学,SDGs担当副総長
2016年度 – 2022年度: 名古屋大学大学院、 国際開発研究科, 教授