2022.10.08
「LGBT」「セクシャルマイノリティ」という言葉を知っていますか?世界的に多様性を重視する傾向が強まり、さまざまな企業が性別にとらわれない商品やサービスを生み出しています。LGBTを始め、性別や国籍、障がいの有無など多様な人材を活用するD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の観点は、ますます企業経営になくてはならないものになっています。
しかし、日本ではまだまだLGBTに配慮した採用活動や環境整備ができている企業が多いとは言えません。人口減少が続く日本で、LGBTを始めとした多様な人材が活躍する社会を実現するためには、何が必要なのでしょうか。日本最大のLGBT向け求人サイト「ジョブレインボー」を運営する株式会社JobRainbow代表取締役CEO・星 賢人氏に話を聞きました。
——まず、「ジョブレインボー」を始めたきっかけを教えてください。
星氏 学生時代に就活に悩むLGBTの知人を見て、私自身ゲイとしてキャリア選択において何かできることがあるのではないかと考えたのが事業のスタートです。日本にはLGBTが1,100万人以上いると言われており、これは6大苗字(佐藤・田中・高橋・鈴木・渡辺・伊藤)を合わせた数に匹敵します。しかし、差別を恐れカミングアウトしていない当事者も多いため、「自分の周りにはLGBTがいない」と思っている人もたくさんいます。また、誤った知識が差別につながるケースもあり、企業における多様な人材活用を妨げています。
ジョブレインボーは、日本最大のLGBT向け求人サイトです。大きな特徴は、まず求職者が自らのダイバーシティタグを登録できること。LGBTを始め、性別や障がい、国籍などを自由に登録でき、その情報が勝手に開示されることはありません。また、企業のダイバーシティへの取組みを100項目の「ダイバーシティ指標」からなる独自のスコアで見える化しています。つまり、求職者も企業も、互いの特徴を理解した上で対等なマッチングができるということです。隠し事をしないからこそ、お互いに納得できる企業や人材に出会えるのです。
他にも、企業向けにLGBTについての研修や社内意識調査、人事制度設計などの職場環境改善コンサルティングも行っています。LGBTが自分らしいキャリアを選択でき、企業も多様な人材を活用できる社会を目指しています。
——2016年にサービスを開始されて以降、社会の変化は感じられますか?
星氏 経営者や人事を筆頭に、LGBTという言葉の意味や課題を知っているビジネスパーソンは確実に増えています。しかし、その多くは「当事者が身近にいる」という実感が持てていません。
さまざまな人種や国籍の人々が存在する欧米と比べて、日本は視覚的にダイバーシティを感じづらい環境です。LGBTは見た目でわかりづらいことに加え、電通が2019年に発表した調査では、職場の上司にカミングアウトしているLGBTは3%以下に留まります。身近に当事者がいても、その声や存在が経営に届いていないのです。
LGBTが職場でカミングアウトしないのは、デメリットがメリットを上回る可能性が高いためです。ハラスメントやいじめの原因になったり、キャリアアップが阻害されることを恐れてなかなか言い出せない当事者がほとんどです。
さらにD&Iという観点では、女性管理職比率などジェンダーギャップに関する課題も見過ごせません。海外ではダイバーシティに欠けていると上場できないケースもあり、欧米企業を中心にチーフ・ダイバーシティ・オフィサー(CDO)が存在するほど人的資本経営が注目されています。日本ではそうした意識を持っている経営者がまだまだ少なく、投資家や消費者も、会社やサービスを選ぶ際にそうした点を意識できていないのが現実です。しかし、アメリカではS&P500銘柄選定における非財務領域の割合も増加しており、この流れに乗れるかがビジネスの成否に関わると感じています。
最近では、求職者側にも変化が起きています。新型コロナの影響でリモート勤務が定着したことで、綺麗なオフィスや「有名企業で働いている」という事実より、その会社の社会的な意義、そこで得られる体験に価値を感じる人が増えています。
企業選択においても、理念や取り組んでいる社会課題を重視する傾向が見られます。特にZ世代においては、D&Iに積極的な企業で働きたいと考える人が9割を超えています。さらに、約7割が「年収が50万円低くても、D&Iに積極的な企業を選択する」という結果が出ています。こうした価値観の変化に対応できなければ、優秀な人材を採用するのはさらに難しくなるでしょう。
星氏 一方、ここ数年で良い変化も起きています。たとえばコクヨが発売する履歴書からは性別欄が消えました。また、SNSの発達により、企業側も面接における発言や態度を意識するようになっています。ただ、求職者が選考途中でカミングアウトすると落ちやすくなるという印象はあります。また、トランスジェンダーが入社前の保険証作成時に「性別が違う」と言われたり、内定後にカミングアウトしたところ内定を取り消されたケースもあります。このように、LGBTに対する差別は減ってはいるものの、まだまだ課題があるのが事実です。
個人としても会社としても、こうした課題を解消するためには、私は4段階のステップがあると考えています。まず「知識を得ること」。次に「共感」。次に「行動変容」。最後に「拡散」です。
まず、正しい知識を得ることが非常に重要です。本を読んで勉強したり、私たちが開催する無料セミナーを受講したり、レインボープライドなどLGBTの当事者から話が聞けるイベントに参加するのもいいですね。「こういう風に知識を得るべき」という100点満点の答えがあるわけではないので、あまりハードルを高く設定しすぎずに、できることから始めてみることをおすすめしています。
正しい知識を得れば、自然と共感が生まれ、社内の雰囲気も変わります。その知識や共感を形にするのが行動変容のフェーズです。ここで初めて、人事制度などのルール変更、施設の見直しを行います。正しい知識や共感がないまま、とりあえず新しい制度を作ってもあまり意味はありません。障がいを考える上で「心のバリアフリー」という言葉があります。たとえスロープがなく階段だけだとしても、「車椅子は店員が運ぶ」というマインドやオペレーションが整っていれば、施設そのものが完全バリアフリーである必要はありません。LGBTでもそれと同じことが言えます。行動変容の前には、知識や共感が欠かせません。
——今後の展望を教えてください。
D&Iからさらに進んで「DEIB(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョン&ビロンギングネス)」の考え方を伝えていきたいです。
ダイバーシティは多様性が存在しているという状態、インクルージョンはお互いの違いを認めて活かしている状態です。エクイティは公平性という意味です。例えば、東京大学に進学できる学力の受験生がいるとします。女性の場合、親などから「結婚できなくなるから私立大学に行け」と言われるケースがありますが、男性の場合はそうした阻害要因があまりありません。その結果、性差が学歴差、ひいては所得差につながります。こうした構造的な格差をなくすのが公平性です。意図せず不利益を被っている人を適切にサポートをし、スタートラインをそろえることが重要です。
ビロンギングネスは私たちの独自の考え方で、マイノリティ自身がその組織に所属できている実感を持てているかという主観的な感覚を指します。「ありのままの自分を受け入れられている」と感じられることは、多様な生き方を実現する上で欠かせない感覚ではないでしょうか。
最後に、多様な人材と働く上で重要なのは、「自分の中にもマイノリティの部分がある」と認識すること。いわばメタ認知力です。
企業向けセミナーでも、ご自身のマジョリティ・マイノリティそれぞれのタグを書き出してみることをおすすめしています。コツは、性別や宗教などの大きなタグだけでなく、家庭環境や恋愛関係、お酒が飲めるかなどの細かなことまで書き出すこと。そうすると「自分はマイノリティではない」と思っている人も、意外とマイノリティな側面がたくさん出てきます。「この人はマイノリティ、この人はマジョリティ」とはっきり区別するのではなく、みんなミックスなんだという前提に立つだけで、自分も相手も多面的に理解できるのではないでしょうか。
「自分らしく生きたい」。これはすべての人が持つ願いではないだろうか。LGBTに限らず、さまざまな人々がともに特性を活かして活躍するために、まずは自分自身を多面的に理解することが大切だと気づかされた。今後さらに多様化する消費者ニーズを満たすためには、新たなサービス開発はもちろん、企業としてのあり方を見直すことが欠かせない。多様性を強みに変えていく力が、今すべての企業に求められている。
【ライター情報】浅野 翠
早稲田大学文学部卒業。人事として新卒採用や制度企画に携わったのち、広報・ライターに転身。現在は上場企業の広報として勤務する傍ら執筆を行う。興味のあるテーマは、キャリア・健康・SDGsなど。
大塚 泰正
筑波大学, 人間系, 教授
LGBTに限らず,人間は多様であることを意識し,すべての人々を尊重することは,経営上重要な課題の一つです。ダイバーシティ(多様性)はインクルージョン(包摂性)が存在しないとよい結果をもたらさないだけでなく,時に有害になることもあります。また,近年はダイバーシティとインクルージョンにエクイティ(公正性)が加えられるようになりました。産業保健心理学の分野では,働く人の健康に関連する指標として組織的公正(organizational justice)という概念が注目されています。Equityとjusticeですので,厳密には同じ概念ではありませんが,組織が誰に対しても公正に接したり,意思決定などの手続きに参画させたりすることなどは,エクイティの精神にも合致するものではないかと思います。ジョブレインボーのさまざまな取り組みは,組織におけるインクルージョンとエクイティを向上させ,ビロンギングの醸成につながる大変有意義なものであると思います。
大塚 泰正
筑波大学, 人間系, 教授
2022年8月 – : 筑波大学, 人間系, 教授
2015年度 – 2022年7月: 筑波大学, 人間系, 准教授
2009年度 – 2014年度 : 広島大学, 大学院教育学研究科, 准教授
2007年度 – 2008年度: 広島大学, 大学院教育学研究科, 講師
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